となりのスミカ

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喘息発症から予防薬卒業までの流れとその後の様子【小児喘息】

長かった予防薬の服薬を卒業できました!

できました。といっても、卒業できたのは2018年の5月のこと。まるっと5年、朝晩ずっと飲んでいた薬(オノンドライシロップ)を飲まなくてよくなりました。5歳8ヶ月でした。

まとめきれずにいたところで4ヶ月も時間が経ってしまっていました。

ちなみに現在はメプチンドライシロップを家にストックしておき、怪しい時に飲ませて様子を見て受診する生活をしています。この4ヶ月は服薬はあれど受診はなし

ひとまず毎日の服薬を終えれたところで一区切りとして記録しておくことにします。

初めての受診のこと

朝起きた時に咳が出るのが気になって、近所のファミリークリニック(小児科と内科やってるところ)に行きました。

「鼻水が垂れて咳が出るのね。よくあることよ」と診断を受け風邪薬を貰いました。予防接種以外で病院にかかることはこれが初めてでした。長男8ヶ月の時です。

午前中、咳が気になり病院へ。帰ってきてごはん食べたらぐったり。熱を測ると29℃越え!

夕方再度病院へ行くと40℃に。気管支が気になるとのことで様子見。病院から帰ると翌朝までひたすら寝た。夕方の離乳食は久しぶりに残した。

当時の育児記録が残っていました。細かいことは忘れてしまったけれど、当時の焦る気持ちだけは覚えています。

朝に行ったのがそのファミリークリニックで、午後は甥っ子が行っている家から少し距離のある小児科に行きました。対応が不安だったのか、午後休診だったのか…どっちだったかな。

熱は変わらず39℃を越えて、病院では血中酸素濃度も調べられる。

午後から少しずつ体温も落ち着いていく。ただただぐったりしていたけど、元気になってくる。

翌日の様子。ここからです、予防薬を飲み始めたのは。

そして当時つけていた育児ブログにはこのように書いてありました。

5月末は初めての発熱から喘息の疑いなどもあり毎日のように病院通いで大変だった。病気までいかないけど、ちょっとした病気も見つかり気になってた部分が少しリンクした。手術とかが必要にならないようにだけ見守っていこう。

今まで健診でも小児科にかかっても教えてもらえなかった事、病院が変わるとすんなり言われたりするんだねー。それだけ大事ではないってことなんだろうけど。難しいな。

ここでわかったのは多分「漏斗胸」のことかな、手術って書いてあるので。

生きていく上で問題ない程度かもしれないけれど、暮らしに影響するようなことは是非教えて欲しいと思った。ここあたりからこの小児科への信頼が厚くなる。

尚、マメな継続が苦手な性格なので育児日記はこれ以降連続で書かれた日はなかった…。

基本的には当時の育児ブログとインスタグラムで完全ではないけどいろいろ追えるのでどんな形でも記録は大事だと思いました。

「喘息疑い」の診断と2回目の発作

もう記憶も曖昧ですが、過去の育児ブログを読み解くところ生後10ヶ月の時に再度発作を起こし「喘息疑い」の診断と自宅吸入ライフが始まったようです。

7/12 37.8℃で小児科受診 夕方38.4℃ 夜中に2回嘔吐。

長男の発作ではこの時とその後1回がとにかく大きな発作だったかな。判断を誤まれない、ちょっとの風邪でピリピリする生活が始まりました。

長いですがその時の記録(嘔吐後の様子です)

その後もすさまじい呼吸音、苦しそう、だるそう。背中に手を当てただけでゼーゼー振動が伝わるし、耳を当てると聞いた事ない大きさでヒューヒュー言う…。

救急に行く!と救急外来に電話したんだけど、旦那は「寝てると落ち着いてる。この状態で外出す方が酷」と言う。少し横にして落ち着かせてると、寝ていったのでひとまず救急にはキャンセルの連絡を入れたけど翌日病院では注意を受けました。

「ただの熱なら一晩様子見てもいいけど、喘息は駄目」
「今晩同じようになったら迷わず救急へ行くように」

夫婦の見識の違い。一緒になって病院行こうとしたり積極育児のタイプじゃない世のお父様方はどんな感じなんだろう。うちのまわりはイクメンばっかで本当同じような話ができない。

私としてはもっと息子と関わって欲しいと思うし、いろんなことに興味を持って欲しいと思うけど…本人は興味がないわけではないし、自分としては関わっている…難しいわ〜〜。

それにしても、今できる範囲の全てのケアを受けてる場合こういった非常事態ってどのようなことをするんだろう。うちの場合は酸素濃度測りながら吸入受けてるけど、家でも吸入始めちゃってるのでなんだかしっくりこないー。

救急を受診するポイントで夫婦で口論になりました。

この流れ、この時以降何度も経験します。そして未だに同じ内容で喧嘩になります。

夫の「大丈夫だよ」で救われる部分もありますが、無責任な「大丈夫」は苦しめられるので「心配だね、病院連れて行ける?お願いね」と言って欲しい。

何度も喧嘩していますが、それに気づいたのはこうやって書いている今です。

病院に連れて行くか悩んでいる時は「この程度で救急受診なんてしていいだろうか?」と言うためらいが捨てきれないから誰かに背中を押して欲しいんだろうな…そう思いました。大丈夫そうなら救急行こうなんて思わないもんね。

子どもには心配を、妻には労いを求めているんだろうな。ちなみに父親6年目の今も身につきませんので、今度マニュアルとして提案しようと思います。(本人なりに心配してるし、本人なりに労ってはいるらしいよ)

生後11ヶ月の旅行の時に吸入器を持って行った記憶があるので長期間だったようです。でもよく考えたら吸入してる段階でよく旅行なんて行ったな…ただ宿に泊まって花火見るだけだったとはいえ。今なら絶対行かない。

後半のケアについては、喘息酷い時は吸入回数増えるの当然なので受診して酸素濃度測りながら吸入してもらって、今後どうするか相談する以外ないですよね。

必要なら入院と言う選択があるんですが、長男は吸入で数値が安定するので入院まで至ることがなくそんな当たり前なこともわかってなかったです。当時は。

その後の様子

2ヶ月吸入して、落ち着いたら吸入やめようねと言う段階で再度発作。

もう昔のこと過ぎて記憶がないんだけど、週に2〜3回通院しつつの自宅吸入だったようです。もうとにかく当時はただただ必死だった今年か覚えてない。

ちょこちょこぶりかえすんだけど、最近落ち着いてきてたので自宅で一日2回やってる吸入もおわれるかなーと思ってたのよ!ついこないだ薬がきれてみてもらったときも、熱でみてもらったときも落ち着いてるから吸入卒業できるかもって言われてたのにここで大逆転。年内は気管支拡張剤とともに吸入かな?

血中の酸素濃度もいつも測られるんだけど、初の黄色信号。93。これかなり低いみたいです。

通常は98〜99って言われた。今まで数値なんて気にしてなかった。ずっと低めだったんだろうかー。うーん。

明日もう一度測って下がってれば大きな病院へ行きます。上がるかなー?熱も全然下がらないから心配だよ。

夜、寝れないでしょ?って先生に聞かれたけど朝までぐっすりです。昼も動き回ってる。元気なことが救いだけど、そんな酸素薄くて大丈夫か心配よ。

その後酸素飽和濃度が落ち着くまでに1週間かかりました。

週に2〜3週間って書いてたけど、多分病院が休みじゃない日はほぼ行ってたと予測。これがまた途中で引越して市をまたいでいるもんだから片道30分とかで凄くしんどかった。

当時は必死で、ただただこなす日々だったけど…よく頑張ったねって抱きしめてあげたい気分です。

発育もゆっくりで本当にいろいろ悩んだ時期だった。周りと比べてしまって、児童館に行くと胃痛で眠れなくなるような感じ。はぁ、いろいろあったんだなぁ。改めて。

喘息との付き合いが日常化する

1歳過ぎでの発作を記録したさっきの記録以降記録らしい記録がない。

それは月1で通院していること、発作への警戒から怪しければすぐ受診する癖がついていたからだと思う。そしてそんな生活が日常になったからだ。

次記録されていたのは3歳2ヶ月の時のもの。

過去一番辛く大変だった発作

夜間に救急に駆け込み、翌朝かかりつけの小児科受診、午後も小児科受診。

救急に行く前は♯8000に電話をした。「加湿して楽な姿勢で1時間様子見」と言われた。喘息の発作なのに!!♯8000は迷える母親の頼みの綱でもあるが、当たり前だけどただ鵜呑みにしちゃいけない。

医師の助言は喘息児は♯8000に判断を仰ぎたくなる時は救急へ。30分咳が続いたらすぐにでもとのことでした。眠れる・眠れないも重要な判断基準です

午前と午後で小児科受診してるけど、それぞれの受診時間待ちの時間が親子共に一番しんどかった。今までで一番辛かった発作がこれです。

3歳です。言葉が喋れます。泣くばかりでなく、自分の要求も辛さも全部伝えられます。

午前3時、♯8000に相談するも…そんな悠長なこと言ってられぬ!と救急へ
病院行きが決まってから元気になってきたので、病院の外で帰るべきか悩んだけど「病院行く!苦しい!」と言うので受診。
喘息音あり、4時頃吸入。SpO2は98ということでひとまず帰る。

吸入したらケロっと元気に。病院内のコンビニでサンドイッチ食べたいと言うので買って帰宅。ひとくち食べてもう寝る!と言うので布団へ。

そこから地獄

2時間ぐらいして咳が続き、「苦しい!」「抱っこ!」「下ろして!」「寝たい!」と大暴れ
8時頃になってやっと5分ぐらいずつ寝れるようになり、10時半受診。

乳幼児の頃のただ苦しそうにもがき泣いてどうしてあげたらいいかわからない時も大変でしたが、要求が明確なのにどうしてやることもできずに辛かったです。

午後の診察、38.8℃。座薬が効いてこれなのか、効いてないのか。13時半頃から2時間ぐらい寝て、病院に向かう車の中で起きる。

「苦しいよ!コホコホなるよ!降ろして!」と散々言われるもどうしようもないのでなだめて病院へ。

この寝てる時間かどこかで救急のある大きな病院に受診したほうがいいか相談の電話をした記憶があります。

今なら救急一択ですけどね!

当時はその判断ができなかったんですよね。迷ったら救急に電話して「喘息発作です」って言えばいいんですよ。受け入れ準備もしてもらえるし、割と優先して診てもらえる印象があります。

病院が開いている時間なら、ひとまず総合の電話番号に電話して小児科につないでもらって相談しましょう。看護師さんが応対してくれます。

総合病院では外来診察は主に午前のみですが、午後も電話繋がるので悩んだら電話しましょう。かかりつけが開いていればかかりつけ受診し、よほど辛そうな場合は救急車呼びましょう。

私は救急に行くことには抵抗はなくなりましたが(結果入院になることが多かったので)救急車はさらにハードルが高いです。ここはこれからの課題でしょうね。使わず済むのが1番ですが。

その後アレルギーがわかる

3歳10ヶ月の時に、飼い猫に手からごはんをあげてすぐ手を洗ったものの…その手洗いまで移動するほんのわずかな時間で目をこすったのか、目の周りに蕁麻疹が出ました。

その時はひとまず水で洗い流し、保冷剤で冷やして様子を見てすぐに近所の皮膚科に行きました。

「ネコの皮屑」の測定値は100.00以上でグラフは振り切れていました。アレルギークラス6で1番重いです

この頃には発作は春と秋に集中していました。他の時期はたまに気管支拡張剤を服薬することはあるけれど落ち着いていました。

そう、長男の喘息はアレルギー起因で猫の換毛期の影響が大きかったのです。

かかりつけ医師は「猫を捨てろなんて言えない。でも、猫を諦めるか喘息を諦めるかどちらかしかない」と言われました。

喘息を諦めるというのは、発作が起こるリスクを常に持って暮らすということです。

当時でも老猫であった我が家の猫。寝室には入れない、触ったものは即洗うなどの対応をしながら今はなんとか暮らしています。猫も人もそれなりに負担が大きいです。

「お正月」と「ゴールデンウィーク」が鍵

その後、小さな発作を年に2回ぐらいやっては服薬をやめられずにいました。

「次のお正月超えられたら薬やめよう!」「次のゴールデンウィークまで発作がなければ卒業ね!」

このセリフ何度も聞きましたが、結局5年間超えられませんでした。4月の終わりと10月が長男の気をつけるべき時期です。

ちなみに次男も喘息認定受けていますが、彼の場合は2月終わりから3月頭に2年連続で入院しているのでその時期が気をつけるポイントです。

2年前のこの時期は次男出産の関係で私の実家に帰省していたので発作が起こらなかったので、原因の1番大きい部分はやっぱり猫だろうなとここで確信が持てました。

予防薬を卒業して初めての喘息シーズン

この記事を書いている。ということは、やや兆候があって怪しいんです。

日中少し運動しただけで息切れして「苦しい」「喉が渇いたせいだ」と汗をだらだら流していました。

胸の音を聞くと軽い発作っぽい感じ。外出先から戻って、気管支拡張剤を飲んで様子をみたら落ち着いたので救急にはかからず様子見です。

連休乗り越えられるかな。怪しそうなら明朝休日診療受診予定です。

♯8000にもいい思い出はありませんが、休日診療にもいい思い出がないので…その時の判断で救急を受診する予定です。医師が選べないので、専門外だとなかなか辛いです。

連休乗り越えられたら、火曜日の朝に小児科受診予定です。

次男も咳をしているし、きちんと動いて対処してあげたいと思っています。

今日たまたま図書館で見つけて借りてきた本。

喘息の説明から発作時の行動指示までいろいろ載っています。

ピークフローメーターをつける意義みたいなのも病院ではしっかり説明されてなかったことも理解できて、小児喘息だけでなく大人の喘息の知識にもなりました。

集団生活の中で気をつけることなども載っていたので、購入してきちんと知識を身につけたい1冊でした。

平成27年の本なので比較的新しい部類かな?他にも探してみよう。と、私もこんな調子で楽観的にきてしまったのが喘息悪化の原因ですよね。まずは掃除から始めようと思います。


この記事を書いている途中で夫が通り過ぎたので「長男の喘息について振り返っている」という話をしました。

そしてブログの途中に出てくるこの部分

病院に連れて行くか悩んでいる時は「この程度で救急受診なんてしていいだろうか?」と言うためらいが捨てきれないから誰かに背中を押して欲しいんだろうな…そう思いました。大丈夫そうなら救急行こうなんて思わないもんね。

無責任に「大丈夫」なんていうんじゃなくて、こういう時は心配する様子を見せて背中を押してくれ!とちゃんと伝えました。

夫は「大丈夫」って言うことで安心させたかったとのことでしたが、安心したところで事態は安心できる状態じゃないから気休めなら不要!優しさ無駄遣いしちゃうので申し訳ないがこちらの対応で今後お願いしました。

毎日毎日薬を飲み続けた5年間は大変だったけどこれはもう日常で、そのおかげでだいぶ私も冷静さを養うことができたし「判断する」ということにも慣れた。

この生死を分けるような判断を常に一人で背負っているのが本当に辛い

うちは1馬力なので働いていることをよく引き合いに出されるんだけど、全く別物なので出さないでほしい。大変なのはわかってるよ、でもその判断一瞬で生死は別れないし後からリカバリーかけられるやないかい。

こういうことを6年喧嘩しながら伝えているけれど、やっぱり伝わってる感じは薄い。

「こういう時はこうだからこうして欲しい」はわかりやすいが、「こんなことが辛い」は根底にある「子どもと家でのんびりできて幸せだろう」みたいな考えがあるからきっと全然響かない。

長男も次男もアレルギーと小児喘息で苦しんだ。その度に私は凄く大きなプレッシャーと戦っていること、いつかは理解してもらえるといいなぁ。